婆ちゃんからババァ、そして婆ちゃん

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以前支配される心を投稿させて頂きました。
読んで下さった方々有難うございます。

最初に申し上げますが、これはホラーの類の話ではありません。
友人が体験したちょっと不思議な話。
突拍子もない話ですが、私は心の底から信じてます。
何故なら、彼は私の目の前で赤子の様に泣きじゃくったから。
二十歳を越えた友人が目の前で泣きじゃくる機会はそうあるもんじゃない。
何より、彼は自分の身内の死を面白おかしく話すような人間ではないからです。
そして最初に謝ります。
私視点と友人カグヤ視点とに分けさせて頂きます。
読みにくいかもしれませんがご容赦下さい。

家具屋の息子だから『カグヤ』と呼ばれる友人は俺の幼馴染で、小学生から数えて20年来の友人だ。
小学校時代、このカグヤとはよく遊んでいた。
当時から活発だったカグヤの周りには自然とよく人が集まったもんだ。
何よりカグヤの家には楽しみがあった。
それは、毎回カグヤの婆ちゃんが作ってくれる「おはぎ」だ。
大阪のド真ん中で育った俺たちにとって、手作りのおはぎなんてそう食べれるもんじゃない。
いつもむしゃぶりついて食べてたよ。
家具屋で両親共働きのカグヤの家には、いつもその婆ちゃんがいた。
絵に描いたような優しい婆ちゃん。
爺ちゃんはかなり昔に亡くなってるらしかった。
俺は婆ちゃんがいなかったので羨ましかったし、祖母がいる友人は
「俺のところも、カグヤの婆ちゃんみたいだったらな~」
と言う程だった。
いつもおはぎを「どうぞおあがり」と笑いながら持ってきてくれる婆ちゃんは心底優しそうだ。
傍にいると安心するっていうのかな。
カグヤは「ばーちゃばーちゃ」と言っていつもべったりだ。
俺たちも負けずに婆ちゃんに目いっぱい甘えてた。
それは小学校高学年になっても変わらなかったな。
カグヤの婆ちゃんにザリガニ釣り教えてもらったり、一緒に干し柿作ったり本当に楽しかった。

しかし中学生にもなると、あまり婆ちゃんとは遊ばなくなってくる。
ゲームセンターに入り浸って、カグヤの家に行く事も少なくなってきた。
でもカグヤは相変わらず婆ちゃんとは仲が良かったみたいだった。
そして高校に入学すると共にカグヤとは疎遠になってきた。
カグヤは全寮制の高校に行く事になったからだ。
偶に帰ってきても毎回俺と遊ぶ訳じゃない。
最初は1ヵ月に1回遊んでたのが、3ヵ月に1回、半年に1回と少なくなって、卒業する頃にはもう会っていなかったな。
大学に入ってからもお互い別の大学で違う友達も出来て、カグヤの存在すら俺は忘れていた。
勿論、婆ちゃんの事もね。

そして俺は社会人になった。
しかしながら、地元が同じという事もあって道でばったり出会ってしまった。
当然昔話に花が咲き、「また一緒に遊ぼうぜ!」と意気投合して、俺たちはまた昔の様な間柄に戻った。
そこから懐かしい地元の幼馴染の面々も集まり、暇さえあれば一緒にいる様になった。
話す内容は昔と同じバカ話。
変わったところは、社会の事を少し話すようになった位かな。

しかし、俺たちの関係は1年後位に変わってきた。いや、カグヤの性格が変わってしまった。
いつもバカみたいな話ばかりしていたカグヤとはうって変わって、短気になった。
いや、短気なんてもんじゃない。
キレる人間になってしまった。
俺たちにも平気でキレる。
道行く人ともすぐに喧嘩になるし、運転させたら危なくて乗ってられない。
原因は……婆ちゃんだった。
痴呆症。ボケの末期だ。
老人介護でノイローゼ気味になってしまっているのだ。
よく愚痴をこぼしてたな。
そして、その愚痴に少しでも慰めや励ましを入れたら、
「お前らに何が分かんねん! 知らんくせに偉そうにほざくな、次言うたらどつき回すぞ!」
と大暴れだ。
俺たちは楽しむ為に集まっている。
遊びが楽しくなくなれば終わりだ。
まして愚痴に相槌を打つだけで怒るなら、当然周りの皆にも限界が来る。
本来なら、遊びに行くのに愚痴を永遠に零される時点でアウトだもんな。無理もないよ。
その内カグヤとは誰も遊ばなくなった。
俺は家が近い事もあったし付き合いも古かったから、偶に会ってたけどね。

俺はこのままじゃいけないと思い、正直にカグヤに言った。
「お前一体どうした? 俺には老人介護の事は分からん。でもそれを俺らに八つ当たりするのはおかしいやろ? このままじゃお前孤立してしまうぞ」
と。
「ごめん」
と一言呟いた後に、カグヤは語った。
それは壮絶なものだった。
ご飯を食べてたらいきなり全部ひっくり返す。
冷蔵庫の中身も全部出して外に捨ててしまう。
夜中に徘徊する、そして警察と共に家に帰って来る。
深夜皆が寝ているところに現れて奇声を張り上げる。
その辺で平気で粗相をする。
おむつを替えようとしても暴れ周り、排泄物をぶちまける。
カグヤの大事な車を傷だらけにする。
窓ガラスを叩き割る。
近所の子供を殴る。
……挙げればキリがない程だった。
現に御近所さんからも、苦情が何遍も来てるそうだ。
家族の辛抱も限界に来て、ついには施設に預けたが、痴呆の進行が酷すぎて家に帰されたんだそうだ。
施設でも窓を割ったり人を叩いたりと素行が悪すぎたそうだ。
1回出て行き、ほっとした途端に帰って来られて、母親がおかしくなった。
その母親を見て父親も怒り狂う。
毎日毎日夫婦喧嘩と親子喧嘩。
そんな生活を送りカグヤも相当参ってたみたいだ。
体重は10kg減ったと言ってた。
そして俺にこう言った。
「あのババァ早く死ねばいいのに。親父もお母もそう言うてるわ」
俺はちょっとショックだった。
気持ちは分かるが知らない人じゃない。
それ程までに老人介護とは過酷なのか……
今の俺には小さな子供がいる。
正直物凄く可愛い。
かなりのやんちゃ坊主だ。
しかし、可愛いからこそ許せる訳で、あれが大きな大人なら許せないかもしれない。
肯定も否定も出来なかった。
別人の様にゲッソリ痩せたカグヤに、俺は何も言えなかったんだ。
ずっとカグヤはブツブツ言ってた。
「クソ、ババァのせいで……何で俺がこんな苦労せなあかんねん。ババァ腹立つ」
でも俺が言ったせいか、カグヤはあまり怒らなくなった。

暫く経ち、何人かで集まっているところにカグヤの携帯が鳴った。
20時頃だったかな。
婆ちゃんが危篤らしい。
前に『死ねばいいのに』と言ってたカグヤは、何とも言えない表情をしていた。
きっと、このまま死んで欲しいという気持ちと、寂しいという矛盾した感情が、葛藤してたんだろうな。
そのままカグヤは病院に向かった。

※ここからは、カグヤに聞いた話を実際にカグヤの立場になって書かせて頂きます。
病院には親父とお母が居た。
医者が言うには、恐らくこのまま意識が戻ることはない、もういつ息を引き取ってもおかしくないらしかった。
親父は「せめてこのまま眠るように逝ってほしい」と言っていた。
しかし1時間経っても2時間経ってもババァは死ななかった。
ただずっと見てても仕方ない。
1時間毎に3人で交代する事にした。
寂しそうにしてる父親と憑きものが落ちた様にほっとしてる母親とで、仮眠を混ぜながらの交代だ。

2度目の交代。
6時間が経った。
もう朝の5時だ。
ふとババァの顔を見た。
あのいつも怒り狂っていた顔じゃない……昔と同じ優しそうな顔で眠ってる……。
ババァから婆ちゃんの顔になっていた。
そうだった。
これが本当の婆ちゃんの顔だ。
俺は涙が出てきた。
お母に怒られた時、いつも庇ってくれた婆ちゃん。
いつも好物のおはぎを作ってくれた婆ちゃん。
外での遊び方を教えてくれた婆ちゃん。
高校に合格した時、外なのに大声で万歳三唱した婆ちゃん。
就職する時に、ダボダボのスーツを買って来て笑ってた婆ちゃん。
世界で一番優しかった俺の婆ちゃん。
世界で一番好きだった俺の婆ちゃん。
俺の婆ちゃん。
俺も赤子の時代があったんだ。
両親は共働きだ。
きっと婆ちゃんが、俺のおむつを換えたり面倒をみてくれてたんだ。
なのに俺はいつも嫌がって、無視して怒鳴り散らして……。
無性に恥ずかしくて情けなくて申し訳なくて、涙が止まらなかった。
ただ手を握っていた。

何分経っただろうか、ふいに微かだが婆ちゃんが手を握り返した。
うっすらだが目が開いていた。
婆ちゃん「ター君……どうしたぁ?」
俺「バアチャン……俺が分かるんか?」
婆ちゃん「フフッ……アホやなぁ。泣かんでいいよ」
俺 「バアチャン……ごめんなぁごめんなぁ」
婆ちゃん「ター君ありがとうなぁ」
そう言って、婆ちゃんはまた眠ってしまった。
俺は急いで親父とお母を呼びに行った。
結局、婆ちゃんはもう目を覚ますことなく、2時間後、午前8時過ぎに天へと旅立った。

※俺(投稿者)視点に戻ります。
俺や何人かの友人は葬式に参列した。
以前までのカグヤが嘘の様に、棺桶に縋りついて泣いていた。
供え物には、不器用にも程があるデコボコのおはぎが飾ってあった。
俺は10年近く婆ちゃんに会ってなかったが、ふいに涙が零れた。
人が死ぬというのは本当に悲しい。
91歳という素晴らしい大往生を遂げた婆ちゃんだ。
正直仕方ないんだが、それでも悲しい。
婆ちゃんにさよならを告げた。

カグヤは後日談として話してくれた。
昏睡状態で痴呆症末期の婆ちゃんが、起きて話した事だ。
医者が言うには、極稀ではあるが似た様な例はあるそうだ。
人間は死ぬ間際に、脳内麻薬?だかエンドルフィン?だかが大量に放出されるんだって。
それには苦痛を和らげたり脳を活性化させる作用があるらしい。
しかし、人間の脳は10%しか解明されてないから、詳しくは分からない、と。
確かに、科学的に解明されるかもしれない。
でも俺は、もっと違う事だと思いたいな。
今までずっと頑張ってきた婆ちゃんとカグヤへの贈り物だったんだと。

今でもカグヤとはよく遊ぶ。
家に行けば必ず婆ちゃんの仏壇に手を合わせる様にしている。
笑ってる婆ちゃんの写真は昔のままだ。
いつも供えてある不気味な形をしたおはぎは無視するけどね。(いい加減上手くなれよカグヤ……)
そして、帰る時は婆ちゃんに声を掛けて帰る。
だってあの人は、俺達にっても本当のお婆ちゃんだったんだから。

怖い話投稿:ホラーテラー SRさん 2012/01/06 00:06

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コメント

  1. 匿名 より:

    なんか切ないと同時に老いが恐ろしくなる…誰もがそうなる可能性はあるのだから

  2. 匿名 より:

    壮絶やな。ここまで症状が悪化する前になんか対策出来んかったんか…

  3. 匿名 より:

    コメントするのがむづかしい 

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