危険な好奇心(2)

危険な好奇心(1)の続き

二週間後の新学期、登校すると淳の姿は無かった。
慎は来ていたので、慎と二人で『もしかして淳、あの女に……』と思いながら、学校帰りに二人で淳の家を訪ねた。
家の呼び鈴を押すと、明るい声で
「はぁーい!」
と淳の母親が出て来た。
「淳は?」
と聞くと、おばさんは
「わざわざお見舞いありがとねー。あの子、部屋にいるから上がって」
と言われ、俺と慎は淳の部屋に向かった。
「淳! 入るぞ!」
部屋に入ると、淳はベットで横になりながら漫画を読んでいた。
意外と平気そうな淳を見て俺と慎は少し安心した。

「何で今日休んだん?」
「心配したぞ! 風邪け?」
「……」
淳は無言のまま漫画を閉じ俯いていた。
そこにおばさんが菓子とジュースを持ってきて、
「この子、10日ぐらい前からずっとジンマシンが引かないのよ」
と言って
「駄菓子の食べ過ぎじゃないのー?」
と続けた。
笑いながらおばさんは部屋を出ていった。
俺と慎は笑って
「何だよ! 脅かすなよー、ジンマシンかよ! 拾い食いでもしたんだろ?」
とおどけたが、淳は俯いたまま笑わなかった。
慎が
「おい! 淳どうした?」
と訪ねると淳は無言でTシャツを脱いだ。
体中に赤い斑点。
確かにジンマシンだった。
「ジンマシンなんて薬塗ってたら治るやん」
「これ、あの女の呪いや……」
言いながら背中を見せてきた。
確かに背中も無数にジンマシンがある。
「何で呪いやねん。もう忘れろ!」
慎が言うと、淳は少し声を荒げながら
「右の脇腹見て見ろや!」
右の脇腹……たしかにジンマシンが一番酷い場所だったが、なぜ『呪い』に結び付けるかが解らなかった。
すると淳が
「よく見ろよ! これ、顔じゃねーか!」
よく見て俺と慎は驚いた。
確かに直径五cm程の人、いや、女の顔のように皮膚がただれて腫れ上がっている。
「気にしすぎだろ? たしかに顔に見えないことも無いけど」
「どー見ても顔やんけ! 俺だけやっぱり呪われてるんや!」
俺と慎は淳に掛ける言葉が見つからなかった。
と言うより淳の雰囲気に圧倒された。
いつもは温厚で優しい淳が……少し病んでいる。
青白い顔に覇気のない目、きっと精神的に追い詰められているのだろう。
俺と慎は急に淳の家に居づらくなり、帰ることにした。
帰り道、
「あれ、どー思う? 呪いやろか?」
俺は慎に聞いた。
「この世に呪いなんてあらへん!」
なぜかその言葉に俺が勇気づけられた。

それから三日過ぎた。
依然、淳は学校には来なかった。
俺も慎も淳に電話がしづらく、淳の様子は解らなかった。
ただクラスの先生が、淳は風疹でしばらく休みと言っていたので少し安心していた。
しかし、この頃から学校で奇妙な噂が流れ始めた。
『学校の通学路にトレンチコートにサンダル履きのオバさんが学童を一人一人睨むように顔を凝視してくる』
という噂だ。
その噂を聞いた放課後、俺は激しく動揺した。
何故なら俺は唯一、間近で顔を見られている。
慎に相談した。
慎は
「大丈夫! 夜やったし見えてないって! それにあの日見られてたとしても、忘れてるって!」
と俺を落ち着かせる為か意外と冷静だった。
何よりも嫌だったのが俺と慎は通学路が全くの正反対。
俺と淳は近所なのだが、淳が休んでいる為、俺は一人で帰らなければいけない。
「しばらく一緒に帰ろうよ! 俺、恐い」
俺は慎に頼んだ。
慎は少し呆れた顔をしていたが
「淳が来るまでやぞ!」
と言ってくれた。
その日から帰りは俺の家まで慎が付き添ってくれる事になった。

その日は学校で噂の『トレンチコート女』(推定・中年女)には会わなかった。
次の日も、その次の日も会わなかった。
しかし、学校では相変わらず『トレンチコートの女』の噂は囁かれていた。
慎と一緒に下校することになり五日目、俺達は久しぶりに淳の見舞いに行くことにした。
お土産に給食のデザートのオレンジゼリーを持って行った。
淳の家に着き、チャイムを押した。
いつもの様に叔母さんが明るく出て来て俺達を中に入れてくれた。

淳は相変わらず元気が無かった。
ジンマシンは大分消えていたが淳本人は
「横腹の顔の部分が日に日に大きくなっている」
と言っていた。
俺と慎には全く解らなかった。
むしろ、前回見たときよりはマシになっているように見えた。
精神的に淳はショックを受けているのだろう。
俺達は学校で流れている『トレンチコートの女』の噂は淳には言わなかった。
帰り間際に淳の叔母さんが俺達の後を追い掛けて来て
「淳、クラスでイジメにでも会っているの?」
と不安げな顔で聞いて来た。
俺達は否定したが、本当の理由を言えないことに少し罪悪感を感じた。

それから三日後。
その日は珍しく内藤と佐々木と俺と慎の四人で一緒に下校した。
内藤は体がデカく、佐々木はチビ。
実写版のジャイアンとスネオみたいな奴ら。
もう俺と慎の中で『中年女』の事は風化しつつあった。
学校で噂の『トレンチコート女』も実在したとしても、全くの別人と思えて来ていた。
その日は四人で駅前にガチャガチャをしに行こうと言う話になり、いつもと違う道を歩いていた。
これが間違いだった。

楽しく四人で話しながら歩いていると、佐々木が
「あ、あれトレンチコート女ぢゃね?」
「うわっ! ホンマや! きもっ!」
と内藤が言い出した。
俺はトレンチコート女を見てみた。
心の中で《別人であってくれ!》と願った。
トレンチコート女はスーパーの袋を片手に持ち、まだ残暑の残るアスファルトの道で、ただ、突っ立っていた。
うつむいて表情は全く解らない。

慎は警戒しているのか、小声で俺達に
「目、合わせるなよ!」
と言ってきた。
少しずつ、女との距離が縮まっていく。
緊張が走った。
女は微動たりせず、ただ、うつむいていた。
女との距離が5m程になったとき、女は突然顔を上げ、俺達四人の顔を見つめてきた。
そして、その次に俺達の胸元に目線を送って来ているのが解った。
名札を確認している!

俺は焦った。
平常心を保つのに必死だった。
一瞬見た顔であの日の出来事がフラッシュバックし、心臓が口から出そうになった。
間違いない。
『中年女』だ!
俺はうつむきながら歩き過ぎた。
俺はいつ襲い掛かられるかとビクビクした。
どれくらい時が過ぎただろう。
いや、ほんの数秒が永遠に感じた。
内藤が
「あの目見たけ? あれ完全にイッテるぜ!」
と笑った。
佐々木も
「この糞暑いのにあの格好! ぷっ!」
と馬鹿にしていた。
俺と慎は笑えなかった。
佐々木が続けて言った
「やべ! 聞こえたかな? まだ見てやがる!」
俺はとっさに振り返った。
『中年女』と目が合った……
まるで蝋人形のような無表情な『中年女』の顔がニヤっと、凄くイヤらしい微笑みに変わった。
背筋が凍るとはこの事か。
俺は生まれて始めて恐怖によって少し小便が出た。
バレたのか? 俺の顔を思い出したのか? バレたなら何故襲って来ないのか?
俺の頭はひたすらその事だけがグルグル巡っていた。
「うわーっ、まだこっち見てるぜ! 佐々木! お前の言った悪口聞かれたぜ! 俺知らねーっ!」
内藤がおどけて言った。
もうガチャガチャどころではない。
曲がり角を曲がり、女が見えなくなった所で俺は慎の腕を掴み
「帰ろう!」
と言った。
慎は俺の目をしばらく見つめて
「あ、今日塾だっけ? 帰らなやばいな!」
と俺に合わせ、俺達は走った。

家とは逆の方向に走り、しばらくして俺は慎に
「アイツや! あの目、間違いない! 俺らを探しに来たんや!」
慎は意外と冷静に
「マジマジと名札見てたもんな。学年とクラス、淳の巾着でバレてるし」
俺はそんな落ち着いた慎に腹が立ち
「どーすんだよ! もう逃げ切れネーよ! 家とかそのうちバレっぞ!!」
「やっぱ警察に言おう。このままはアカン。助けてもらお」
「……」
俺はしばらく黙っていた。
たしかに他に助かる手は無いかもしれないと思った。
「でも、警察に何て言う?」
と俺が問うと慎は
「山だよ。あの山に打ち付けられた写真とかハッピー、タッチの死体、あれを写真に撮って、あの女が変質者って言う証拠を見せれば警察があの女を捕まえてくれるはずや!」
俺は納得した。
もうあの山に行くのは嫌だったが仕方が無かった。
そして明日の放課後、二人で裏山に行く事になった。

明日の放課後、裏山に行く。
その話がまとまり、俺達は家に帰ろうとしたが、『中年女』が何処に潜伏しているか解らない為、俺達は恐ろしく遠回りした。
通常なら20分で帰れるところを二時間かけて帰った。
家に着いて俺はすぐに慎に電話した
「家とかバレてないかな? 今夜きたらどーしよ!」
などなど。
俺は自分で自分がこれほどチキンとは思わなかった。
名前がバれ、小屋に『淳呪殺』と彫られた淳が精神的に病んでいるのが理解できた。
慎は
「大丈夫、そんなすぐにバレないよ!」
と俺に言ってくれた。
この時俺は思った。
普段対等に話しているつもりだったが、慎はまるで俺の兄のような存在だと。
もちろんその日の夜は眠れなかった。
わずかな物音に脅え、目を閉じれば、あのニヤッと笑う中年女の顔がまぶたの裏に焼き付いていた。

朝が来て、学校に行き、授業を受け、放課後、午後3時半。
俺と慎は裏山の入口まで来た。
俺は山に入るのを躊躇した。
『中年女』
『変わり果てたハッピーとタッチ』
『無数の釘』
頭の中をグルグルと鮮やかに『あの夜の出来事』が甦ってくる。
俺は慎の様子を伺った。
慎は黙って山を見つめていた。
慎も恐いのだろう。
『やっぱ、入るの恐いな……』と言ってくれ! と俺は内心願っていた。
慎はズボンのポケットからインスタントカメラを取り出し、右手に握ると、俺の期待を裏切り、
「よし」
と小さく呟き山へ入ると、すぐさま走りだした。
俺はその後ろ姿に引っ張られるように走りだした。
慎は振り返らずに走り続ける。
俺は必死に慎を追った。
一人になるのが恐かったから必死で追った。
今思えば慎も恐かったのだろう。
恐いからこそ周りを見ずに走ったのだろう。
『あの場所』が 徐々に近づいてくる。
思い出したくもないのに『あの夜』の出来事を鮮明に思いだし、心に『恐怖』が広がりだした。
恐怖で足がすくみだした時、『あの場所』に着いた。
そう
『中年女が釘を打っていた場所』
『中年女がハッピー、タッチを殺した場所』
『中年女に引きずり倒された場所』

【中年女と出会ってしまった場所】

俺は急に誰かに見られているような気がして周りを見渡した。
いや、『誰かに』では無い。
中年女に見られているような気がした。
山特有の『静寂』と自分自身の心に広がった『恐怖』がシンクロし、足が震えだす。
立ち止まる俺を気にかける様子無く、慎はあの木に近づきだした。

何かに気付き、慎はしゃがみ込んだ。
『ハッピー……』
その言葉に俺は足の震えを忘れ、慎の元に歩み寄った。
ハッピーは既に土の一部になりつつあった。
頭蓋骨をあらわにし、その中心に少し錆びた釘が刺さったままだった。
俺は釘を抜いてやろうとすると、慎が『待って!』と言い、写真を一枚撮った。
慎の冷静さに少し驚いたが、何も言わず俺は再び釘を抜こうとした。
頭蓋骨に突き刺さった釘をつまんだ瞬間、頭蓋骨の中から見たことの無い、多数の虫がザザッと一斉に出てきた。
「うわっ!」
俺は慌てて手を引っ込め、立ち上がった。
ウジャウジャと湧いている小さな虫が怖く、ハッピーの死体に近づく事が出来なくなった。
それどころか、吐き気が襲って来てえずいた。
慎は何も言わずに背中を摩ってくれた。
俺はあの夜、ハッピーを見殺しにし、また、ハッピーを見殺しにした。
俺は最高に弱く、最低な人間だ。

慎はカメラを再び構え、『あの木』を撮ろうとしていた。
『ん?! おい! ちょっと来てーや!』
何かを発見し、俺を呼ぶ慎。
俺は恐る恐る慎の元に歩み寄った。
慎が『これ、この前無かったよな?』と何かを指差す。
その先に視線をやると、無数に釘の刺さった写真が……
ん? たしか前もあったはずじゃ……
いや!
写真が違う!
厳密に言うと、この前見た『4・5歳ぐらいの女の子』の写真はその横にある。
つまり、写真が増えている!
写真の状態からして、ここニ・三日ぐらいに打ち込まれているであろう。
この前に見た写真は既に女の子かどうかもわからないぐらいに雨風で表面がボロボロになっている。
新しい写真も『4、5歳ぐらいの女の子』のようだ。
この時、慎には言わなかったが、俺は一瞬『新しい写真が俺だったらどうしよう!!』とドキドキしていた。
慎はカメラにその打ち込まれた写真を撮った。
そして、
「後は秘密基地の彫り込みを撮ろう」
と言い、又走りだした。
俺は近くに中年女がいるような錯覚がし、一人になるのが怖く、慌てて慎を追った。

秘密基地に近いてきて、俺は違和感を感じ、
「慎!」
と呼び止めた。
違和感。
いつもなら秘密基地の屋根が見える位置にいるはずなのだが、屋根が見えない。
慎もすぐに気付いたようだ。
このとき脳裏に『中年女』がよぎった。
胸騒ぎがする。
鼓動が激しくなる。
慎が
「裏道から行こう」
と言った。
俺は無言で頷いた。
裏道とは獣道を通って秘密基地に行く従来のルートとは別に、茂みの中をくぐりながら秘密基地の裏側に到達するルートの事である。
この道は万が一秘密基地に敵が襲って来た時の為に造っておいた道。
もちろん、遊びで造っていたのだが、まさかこんな形で役に立つとは……
この道なら万が一、基地に『中年女』がいても見つかる可能性は極めて低い。
俺と慎は四つん這いになり、茂みの中のトンネルを少しずつ進んだ。

そして秘密基地の裏側約5m程の位置にさしかかった時、基地の異変の理由が解った。
バラバラに壊されている。
俺達が造り上げた秘密基地はただの材木になっていた。
しばらく様子を伺ったが、中年女の気配もないので俺達は茂みから抜けだし、秘密基地『跡地』に到達した。
俺達はバラバラに崩壊された秘密基地を見、少し泣きそうになった。
『秘密基地』
言わば俺達三人と2匹のもう一つの家。
バラバラになった材木の片隅に大きな石が落ちていた。
恐らく誰かがこれをぶつけて壊したのだろう。
『誰かが?』
いや、多分『中年女』が。
慎が無言で写真を撮りだした。
そして数枚の材木をめくり、『淳呪殺』と彫られた板を表にし、写真を撮った。
その時、わずかな板の隙間からハエが飛び出し、その隙間からタッチの遺体が見えた。
ハッピーとタッチ。
秘密基地よりもかけがえの無い2匹を俺達は失った事を痛感した。

慎は立ち上がり
「よし、このカメラを早く現像して警察に持って行こう」
と言った。
俺達は山を駆け降りた。
山を降り、俺達は駅前の交番へ急いだ。
『このカメラに納められた写真を見せれば、中年女は捕まる。俺らは助かる』
その一心だけで走った。

途中でカメラ屋に寄り現像を依頼。
出来上がりは30分後と言われたので俺達は店内で待たせてもらった。
その間、慎との会話はほとんど無かった。ただただ 写真の出来上がりが待ち遠しかった。
そして30分が過ぎた。
「お待たせしましたー」
バイトらしき女店員に声をかけられた。
俺と慎は待ってましたとばかりにレジに向かった。
女店員は少し不可解な顔をしながら
「現像出来ましたので中の確認をよろしくお願いします」
といいながら写真の入った封筒を差し出した。
まぁ現像後の写真が犬の死骸や釘に刺された少女の写真のみだから、不可解な顔をするのも当然だが……
慎はその場で封筒から写真を取り出し、すべての写真を確認し、
「大丈夫です。ありがとうございました」
と言い、代金を支払った。
店を出て、すぐさま交番へ向かった。

これで全てが終わる。
駅前の交番へ二人して飛び込んだ。
『ん?! どうしたの?』
中にいた若い警官が笑顔で俺達を迎えてくれた。
俺達はその警官の元に歩み寄り
「助けてください!」
と言った。
俺と慎は『あの夜』の出来事を話した。
裏付ける写真も一枚一枚見せながら話した。
そして、今も『中年女』に狙われている事を。

一通り話し終わるとその警官は穏やかな表情で
「お父さんやお母さんに言ったの?」
俺たちは親には伝えてないと言うと、
「ん~、んぢゃ家の電話番号教えてくれるかな?」
と警官は言い出した。

慎が
「なんで親が関係あるの? 狙われているのは俺達だよ?!」
とキレ気味に言い放った。
ちなみに慎の両親は医者と看護婦。
高校生の兄貴は某有名私立高校生。
俺達3人の中で一番裕福な家庭だが一番厳しい家庭でもある。
『あの夜』親に嘘をついて秘密基地に行き、このような事に巻き込まれた、などバレれば俺や淳もだが慎が一番洒落にならないのである。
「助けてよ! 警察官でしょ!!」
と慎が詰め寄る。
警官は少し苦笑いして
「君達小学生だよね? やっぱり、こーゆー事はキチンと親に言わなきゃダメだよ」
と、しばらくイタチゴッコが続いた。
あげくに警官は
「じゃあ君達の担任の先生は何て名前?」
など、俺達にとっては《脅し》に取れる言葉を投げ掛けてきた。
まぁ警官にとっては俺達の『保護者及び責任者』から話を聞かないと……って感じだったのだろうが、俺達にとって、こういう時の『親・先生』は怒られる対象にしか考えられなかった。
そうこうしているうちに俺達の心の中に、目の前にいる 警官に対して《不信感》が芽生えてきた。
『このまま此処にいれば、無理矢理住所を言わされ、親にチクられる!』と。

『この警官は俺達の話を信じてくれてないのでは?』と俺は思い始めた。
俺や慎が必死に助けを求めているのに『親』『先生』ばかり言ってくる。
俺達は『中年女』の存在を裏付ける証拠写真まで持参しているのに。
俺はもう一度警官に写真を見せつけ
『犬をこんな殺し方する奴なんだよ!』
と言った。
すると、警官はしばらく黙り込み、写真を手に取り、意外な一言を言った。
『ん~。これって犬? なの?』
『は?』と俺と慎は驚いた。
この人は何を言っているんだろう!と。
続けて警官は
『いや、君達を信じていない訳じゃないよ。じゃあもう少し詳しく教えて。ここが頭?』
警官は冗談を言っている訳では無く、本当に解らないようだ。
俺はハッピーの写真を取上げ
『だから、、、』
と説明しかけて言葉が詰まった。
確かに、この写真を客観的に見ると犬の死骸には見えないかも・・。と思った。
薄茶色に変色した骨に所々わずかに残っている毛。
俺と慎はハッピーが死体になった翌日にも見ているので、腐食が進んでいても元の形(倒れていた角度、姿)を知っているが、知らない奴が見るとただの汚れた石に汚い雑巾の様なものが絡んでいるようにしか見えないかも知れない。

俺は冷静に他の写真も見てみた。
板に刻まれた『淳呪殺』
少女の写真に無数の『釘』。
たしかに『中年女』の存在に直接結び付けるのは難しいのか?
ひょっとして警官は『小学生の悪戯』と思っていて、先程から『親・担任』などと言っているのか?
俺はこのまま此処にいては危険だと感じ出した。
『絶対、親を呼び出すつもりだ!』
俺は慎に小さな声で耳打ちした。
慎は無言で頷き、アゴをクイッと動かし『外に出る合図』を送ってきた。
すると次の瞬間には慎は勢いよく振り向き、走りだした。
俺もすぐさま後を追い、交番から抜け出した。
後ろから「おいっ!」と警官が呼び止める声がしたが、俺達は振り向かずに走り続けた。

警官が追い掛けてくる気配は無かった。
警官はおそらく『悪戯しにきた小学生が、嘘を見破られそうになり逃げ出した』とでも思っているのだろう。
俺と慎は警官が追って来ていないことを充分に確認し、道端に座り込み緊急ミーティングを開催した。
「これからどーする?」
「どーしよ……」
俺達は途方に暮れていた。
最後の切り札の警察にも信じてもらえず『中年女』から身を守る術を失った。
これで全てが解決すると俺達は思い込んでいただけにショックはデカかった。
このままだったら中年女に住所バレて……
俺は恐かった。
すると慎が
「……しばらくあの女には出くわさないように注意して」
と言いかけたが、俺はすぐに
「もう無理だよ! 淳の学年とクラスがバレてる時点ですぐに俺らもバレるに決まってる!」
と少し声を荒げた。
「でも、あの女、俺達に何かする気あるのかな?」
「?」
慎が言いだした。
「だってこの前俺ら学校帰りにあの女に出会ったじゃん。もし何かするつもりならあの時でも良かった訳じゃん」
「……」
慎が続けて
「それに山……もし俺らのことを許してないなら山に何らかの呪い彫りとかあってもいーはずじゃん」
「……」
たしかに。
山に行った時、確かに新しい『俺達に対する』呪い的な物は無かった。
秘密基地は壊されていたが……
新しい『女の子の釘刺し写真』はあったが、俺達……まして、フルネームが バレている淳の『呪い彫り』は無かった。
俺は内心
「そーなのかな?」
と反論したかったが、しなかった。
それは慎の言うとうり実は俺達が思っている程『中年女』は俺達の事を怨んでいない、忘れかけている、と思いたかった。
慎はもう一度
「俺らを本気で怨んでいるなら何らかの《アクション》を起こすはずだろ?」
と、まるで俺を安心さすかのように言った。
そして
「学校の近くをウロついてるのも、俺らを捜してるんぢゃなく《写真の女の子》を捜してる可能性もあるだろ?」
と言葉を続けた。
「そーか……」
俺はその慎の言葉を聞いて少し気持ちが楽になった感じがした。
と言うか慎の言った言葉を自分自身に言い聞かせ、自分自身を無理矢理納得させようとした。
それは【現実逃避】に近いかもしれない。
慎自身もそうだったのかも知れない。
もう『中年女』から逃げる術が見つからず、言ったのかも知れない。
しかし俺は、俺達は、
「そーだよな! そのうち俺らのことなんて忘れよる!」
「もう忘れとるって!」
「なんだよチクショー!ビビって損した!」
「ほんま、あの女、泣かしたろか!」
とお互い強がって見せた。
ある意味やけくそに近いかもしれない。

しばらくその場で慎と『中年女』の悪口など、談笑していた。
辺りは薄暗くなり始め、俺達は帰宅することにした。
慎と別れる道に差し掛かって
「明日の帰り、淳の様子見に行こっか!」
「おう! そやな!」
とお互い明るく振る舞って手を振り別れた。
俺の心は少し晴れやかになっていた。
『そーだよな……慎の言う通り、中年女はもう俺達の事なんて忘れてるよな……』
まるで自己暗示のように繰り返し言い聞かせた。
足取りも軽く、石を蹴りながら家に向かった。
空を見上げると雲も無く、無数の星がキラキラ輝き、とても清々しい夜空だった。
今まで『中年女』の事でウジウジ悩んでいたのが馬鹿らしく思えた。
自宅に近づき、その日は見たいアニメがあるのに気付き、俺は小走りで家に向かった。
『タッタッタッタッ』
夜の町内に俺の足跡が響く。
『タッタッ』
静かな夜だった。
『タッタッ』
ん?
『タッタッ……』
俺の足音以外に違う足音が聞こえる。
後ろを振り向いた。
暗くて見えないが誰もいない。
気のせいか。
ナンダカンダ言って俺は小心者だなと思いながら再び走った。
『タッタッタッタッ……』
『タッタッ……』
ん? 誰かいる。
俺はもう一度立ち止まり、目を凝らして後ろを眺めた。
やっぱり誰もいない……
確かに俺の足音にマジって後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえたのだが?!
俺も淳のように自分でも気付かないうちに精神的に『中年女』追い詰められているのか? ビビり過ぎているのか?
しばらく立ち止まり、ずーっと後ろを眺めた。
ドックンドックン鼓動を打っていた心臓が、一瞬止まりかけた。
15m程後方、民家の玄関先に停めてある原付きバイクの陰に誰かがしゃがんでいる。
いや、隠れている。
月明かりでハッキリ黙視できないが一つだけハッキリと見えたものがある。
『コートを着ている!』
しばらく俺は固まった。
隠れている奴は俺に見つかっていないと思っているようだが、シルエットがハッキリ見える!
俺は一瞬混乱した。
『中年女だ! 中年女だ! 中年女だ! 中年女!!』
腰が抜けそうになったが、本能だろうか、次の瞬間
『逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ! 逃げなきゃ逃げなきゃ!』
ともう一人の俺が、俺に命令する。
俺は思いっきり走った!
運動会の時より必死に走った。
もう風を切る音以外聞こえない程、無呼吸で走った。
無我夢中で家に向かって走った。
家まであと10m。
よし! 逃げ切れる!
『!』
一瞬、頭にあることがよぎった。
【このまま家に逃げ込めば間違いなく家がバレる!】
俺はとっさに自宅前を通過し、そのまま住宅街の細い路地を走り続けた。
当てもなく、ただ俺の後方を着いて来ているであろう『中年女』を巻く為に。。。
5分ほど、でたらめな道を走り続けた。
さすがに息がキレて来て歩きだし、後ろを振り向いた。

もう『中年女』らしき人影も足音も聞こえて来ない。
俺は周囲を警戒しつつ、自宅方面へ歩き始めた。
再び自宅の10㍍程手前に差し掛かり、俺はもう一度周囲を警戒し、玄関にダッシュした。
両親が共働きで鍵っ子だった俺はすばやく玄関の鍵を開け、 中に入り、すばやく施錠した。
『。。。フぅー。。』
安堵感で自然とため息が出た。
とりあえず慎に報告しなければと思い、部屋に上がろうと靴を脱ごうとした時、玄関先で物音がした。
『!?』
俺は靴を脱ぐ体制のまま固まり、玄関扉を凝視した。
俺の家の玄関は曇りガラスにアルミ冊子がしてある引き戸タイプなのだが、曇りガラスの向こう側に。。。
玄関先に誰かが立っている影が映っていた。

玄関扉を挟んで1m程の距離に『中年女』がいる!
俺は息を止め、動きを止め、気配を消した。
いや、むしろ身動き出来なかった。
まるで金縛り状態……
『蛇に睨まれた蛙』とはこのような状態の事を言うのだろう。
曇り硝子越しに見える『中年女』の影をただ見つめるしか出来なかった。
しばらく『中年女』はじっと玄関越しに立っていた。
微動すらせず。
ここに『俺』がいることがわかっているのだろうか?
その時、硝子越しに『中年女』の左腕がゆっくりと動き出した。
そして、ゆっくりと扉の取手部分に伸びていき『キシッ!』と扉が軋んだ。
俺の鼓動は生まれて始めてといっていいほどスピードを上げた。
『中年女』は扉が施錠されている事を確認するとゆっくりと左腕を戻し、再びその場に留まっていた。
俺は依然、硬直状態。。
すると『中年女』は玄関扉に更に近づき、その場にしゃがみ込んだ。
そして硝子に左耳をピッタリと付けた。
室内の様子を伺っている!
鮮明に目の前の曇り硝子に『中年女』の耳が映った。
もう俺は緊張のあまり吐きそうだった。
鼓動はピークに達し、心臓が破裂しそうになった。
『中年女』に鼓動音がバレる! と思う程だった。

『中年女』は二、三分間、扉に耳を当てがうと再び立ち上がり、こちら側を向いたまま、ゆっくりと、一歩ずつ後ろにさがって行った。
少しづつ硝子に映る『中年女』の影が薄れ、やがて消えた。。
『行ったのか……?』
俺は全く安堵出来なかった。
何故なら、『中年女』は去ったのか?
俺がここ(玄関)にいることを知っていたのか?
まだ家の周りをうろついているのか?
もし『中年女』に俺がこの家に入る姿を見られていて、『俺の存在』を確信した上で、さっきの行動を取っていたのだとしたら、間違いなく『中年女』は家の周囲にいるだろう。。
俺はゆっくりと、細心の注意を払いながら靴を脱ぎ、居間に移動した。
一切、部屋の明かりは点けない。
明かりを燈せば『俺の存在』を知らせることになりかねない。
俺は居間に入ると真っ直ぐに電話の受話器を持ち、手探りで暗記している慎の家に電話をかけた。
3コールで慎本人が出た。
「慎か?! やばい! 来た! 中年女が来た! バレた! バレたんだ!」
俺は小声で焦りながら慎に伝えた。
「え? どーした? 何があった?」
と慎。
「家に中年女が来た! 早く何とかして!」
俺は慎にすがった。
「落ち着け! 家に誰もいないのか?」
「いない! 早く助けて」
「とりあえず、戸締まり確認しろ! 中年女は今どこにいる?」
「わからない! でも家の前までさっきいたんだ!」
「パニクるな! とりあえず戸締まり確認だ! いいな!」
「わかった! 戸締まり見てくるから早く来てくれ!」
俺は電話を切ると、戸締りを確認しにまずは便所に向かった。
もちろん家の電気は一切つけず、五感を研ぎ澄まし、暗い家内を壁づたいに便所に向かった。
まずは便所の窓をそっと音を立てず閉めた。
次は隣の風呂。
風呂の窓もゆっくり閉め、鍵をかけた。
そして風呂を出て縁側の窓を確認に向かった。
廊下を壁づたいに歩き縁側のある和室に入った。
縁側の窓を見て違和感を覚えた。
いや、いつもと変わらず窓は閉まってレースのカーテンをしてあるのだが、左端。。。
人影が映っている。。
誰かが窓の外から、
窓に顔を付け、双眼鏡を覗くように両手を目の周辺に付け、室内を覗いている。
家の中は電気をつけていない為、外の方が明るく、こちらからはその姿が丸見えだった。
窓に『中年女』がヤモリの如く張り付いている。
俺は腰が抜けそうになった。

これは【動物の本能】なのだろうか?
肉食獣を見つけた草食動物のように、俺はとっさにしゃがみ込んだ。
全身が無意識に震えていた。
『中年女』からこちらは見えているのか?
『中年女』はしばらく室内を覗き、そのままの体勢で、ゆっくりと窓の中心まで移動して来た。
そして『キュルキュルキュル』と嫌な音が窓からしてきた。
『中年女』の右手が窓を擦っている。
左手は依然、目元にあり、室内を覗きながら。。。
『キュルキュルキュル』
嫌な音は続く、
俺の恐怖心はピークに達した。
何かわからないが、『中年女』の奇行に恐怖し、その恐怖のあまり、声を出す事すら出来なかった。
すると『中年女』はとっさに後ろを振り返り、凄い勢いで走り去って行った。
俺は何が起きたかわからず、身動きも出来ずに、ただ窓を見ていた。
すると窓の向こうの道路に赤い光がチカチカしているのが見えた。
「警察が来たんだ!」
俺は状況が飲み込めた。
偶然通りかかったパトカーに気付き『中年女』は逃げて行ったんだと。
しばらく俺はしゃがみ込んだまま震えていた。
『プルルルルル!』
その時、電話が突然鳴った。
もう心臓が止まりかけた。
ディスプレイを見ると慎の自宅からの電話だった。
俺は慌てて電話に出た。
「どう?」
「なんか部屋覗いとったけど、どっか行った。。。」
「そっか、親帰って来たんか?」
「いや、たまたまパトカー通って、それにビビって中年女逃げたんや思う」
「そーなんや! 良かった。俺、お前んちの近くに不審者がいるって通報しといてん。でも、あいつに家バレたんやったら、そろそろ親にも相談しなあかんかもな。。」
「……」
「俺も今日、親に言うから。。お前も言えよ! もうヤバイよ!」
「……うん」
そして電話を切った。
その30分後、母親がパートから帰って来た。
俺は部屋の電気を消したまま玄関に走り、母の顔を見た瞬間、安堵感からか、泣き出した。
母親はキョトンとしていたが、俺はしばらく泣き続けた後、
「ごめんなさい、」
と冒頭に謝罪をし『あの夜』の出来事から『さっき』の出来事まで説明した。
説明の途中、父親も帰宅し、父には母が説明した。
その後、父が無言で和室の窓硝子を見に行った。
窓硝子は鋭利な何かで凄い傷が付けられていた。
『鋭利な何か』が『五寸釘』だと直感でわかった。
両親は俺を叱らず、母親は俺を抱きしめてくれ、父は警察に電話をかけていた。

10分程してから警察が来た。
警察には父が事情を説明していた。
俺はしばらくの間、母親と居間にいたが、少ししてから警官が居間に来て『あの夜』の事を聞いてきた。
ハッピーとタッチの事、木に釘で刺された少女の写真の事、淳の名前が秘密基地に彫られていたこと……
その後、放課後に出会った事など、『中年女』に係わる全ての事を話した。
そして『さっき』の出来事も。。。
鑑識らしき人も来ていて、俺が話している間に窓の指紋を採取していた。
俺が話した内容で警官がもっとも詳しく聞いてきたことが『少女の写真』の事だった。
『その少女』の容姿や面識の有無等聞かれたが、それについては『よく解らない』と答えるしかなかった。
そして裏山の地図を書かされ、翌日、警察が調べに行くと言う事になり、自宅周辺の夜間パトロール強化を約束して警察官は帰っていった。
結局、指紋は出なかった。
しばらくして、慎・淳の親から電話がかかってきた。
親同士で何やら話していたが『中年女』に関する話、というより学校にどのように説明するかを話していたようだ。
その夜、俺は何年かぶりに両親と共に寝た。
恥ずかしさなど微塵も無く、純粋に『中年女』が怖く、なかなか寝付け無かった。

次の日の朝、母親に起こされた時にはすでに午前8時を回っていた。
「遅刻する!」
と慌てると母が
「今日は家で寝てなさい」
と言う。
どうやら既に学校に事情を話したらしい。
父はすでに出社していたが、母はパートを休んでいた。
『おそらく、慎や淳も今日は学校を休んでいるだろう……』と思ったが、あえて電話はしなかった。
慎は恐らく、厳格な両親に怒られて、淳の両親は『不登校』になった淳の真実を知り、ショックを受けているだろうと思うと電話するのが恐かったから。
俺は自室に篭り『中年女』が早く警察に捕まることだけを願っていた。
一時も早く追い詰められる『恐怖』から解放されたかった。

母親は何故か『中年女』の事を口にしてこなかった。
俺への気配り? と思い、俺も何も言わなかった。
昼飯を食べ、ふたたび自室に篭っていると『ドスっ』と家の外壁に鈍い音が響いた。
俺はとっさに『慎だ!』と思った。
あいつは俺を呼び出す時、玄関の呼鈴を鳴らさず、窓に小石を投げてくる事がしばしばあったからだ。

俺は窓から外を眺めた。
家の前の路地にある電柱に慎がいるはず! と思ったが、慎の姿は無かった。
どこかに隠れているのかと思い、見える範囲で捜したが何処にもいない。
その時、俺の部屋の下にあたる庭先から『キャ!』と母親の声がした。
びっくりして窓を開け、身を乗り出し、下を見た。
そこには母親が地面を見つめながら口元に手を当てがい、何かを見て驚いていた。
俺は何が起こっているのか解らず
「どーしたの!」
と聞いた。
母は俺の声にギクッと反応し、こちらを見上げ、驚いた表情で無言のまま家の外壁を指差した。
俺は良からぬ感じを察したが、母の指差す方向を見た。
そこには何やらドロっとした紫色した液体とゼリー状の物が付いていた。
先程の『ドスっ』の音の正体であろう。
視線を母の足元に落とし、その何かを捜した。
そこには内蔵が飛び出た大きな牛蛙の死体が落ちていた。
母はしばらく呆然と立ち尽くしていた。
俺はすぐに『中年女』が頭に浮かんだ。
すぐに目で『中年女』の姿を捜したが何処にも姿は見えなかった。
母はふと思い出したように居間に駆け込み、警察に電話をした。

母は青い顔をしていた。
恐らくこの時始めて『中年女』の異常性を知ったのだろう。
そうだ、あの女は異常なんだ。
きっと今も蛙を投げ込んできた後、俺や母の驚く姿を見てニヤついているはず。。
きっと近くから俺を見ているはず。。。
鳥肌が立った。
『警察早く来てくれ!』
心の中で叫んだ。

もうこの家は『家』では無い。
『中年女』からすれば『鳥籠』のように俺達の動きが丸見えなんだ。
常に見られているんだと感じ出した。
しばらくしてパトカーがやってきた。
昨日とは違う警官二人だった。
警官一人は外壁や投げ込んで来たであろう道路を何やら調べ、もう一人は俺と母に
「何か見なかったか?」
「その時の状況は?」
などなど、漠然とした事を何度も聞いて来た。
最後に警官が不安を煽るような事を言って来た。
「たしか、昨日もいやがらせを受けているんですよね? おそらく犯人はすぐにでも同じような事をしてくる可能性が高いです」
と。
俺はたまらず
「あの呪いの女なんです! コートを着てる40歳ぐらいの女なんです! 早く捕まえてください!」
と半泣きになって懇願した。
すると警察官は
「さっきね、山を見てきたんだよ。。。犬の死体も板に彫られたお友達の名前も、あと女の子の写真もあったよ。今からそれを調べて必ず犯人捕まえるから!」
と言い、俺の肩をポンと叩くと、母の元へ行き何やら話していた。
「主人に連絡を……」みたいな事を言われていたようだ。
壁に付いた蛙の染み及びその死体の写真を撮り、1時間程で警官達は帰って行った。

しばらくして父親が帰宅した。
まだ5時前だった。
昨日の今日だから心配になったのだろう。
夕食の準備をしている母も、夕刊を読んでいる父も無言だったが、どことなくソワソワしているのが解った。
もちろん俺自信も次にいつ『中年女』が来るのか不安で仕方なかった。
その日の晩飯は家族皆が無口で、只、テレビの音だけが部屋に響いていた。
そして夜11時過ぎ、皆で床に就いた。
用心の為、一階の居間は電気を点けっぱなしにしておくことになった。

その夜も家族揃って同じ部屋で寝た。
もちろんなかなか寝付けなかった。
どれぐらい時間が過ぎただろう。。。
突然玄関先で
『オラァー!!』
とドスの効いた男の声とともに
『ア?ー!ア?ー!』
と聞き覚えのある奇声【中年女】の叫び声が聞こえた。
俺達家族は皆飛び起き、父が慌てて玄関先に向かった。
俺は母にギュッと抱き締められ、二人して寝室にいた。
『カチャカチャ……ガラガラガラガラ!』
父が玄関の鍵を開け、戸を開ける音がした。

戸を開ける音と共に、再び
「ア?ー!! チキショー! ア?ァー!! ア?ァァァァ!」
と再び【中年女】の叫びが聞こえて来た。
「大人しくしろ!」
「オラ! 暴れるな!」
と、男の声もした。
この時、俺は『警官だ! 警官に捕まったんだ!』と事態を把握した。
中年女は奇声を上げ続けていた。
俺はガクガク震え、母の腕の中から抜けれなかったが、父親が戻って来て、
「犯人が捕まったんだ。お前が山で見た人かどうかを確認したいそうだが。。。大丈夫か?」
と 尋ねてきた。
もちろん大丈夫ではなかったが、これで本当に全てが終わる。
終わらせることが出来る! と自分に言い聞かせ、
「。。。うん。。」
と返事し、階段をゆっくりと降り、玄関先に向かった。
玄関先から
「オマエーっ! チクショー! オマエまで私を苦しめるのかー!」
と凄い叫び声が聞こえ足がすくんだが、父が俺の肩を抱き、二人の警官に取り押さえられた『中年女』の前に俺は立った。

俺は最初、恐怖の余り、自分の足元しか見れなかったが、父に肩を軽く叩かれ、ゆっくりと視線を中年女に送った。
両肩を二人の警官に固められ、地面に顎を擦りつけながら『中年女』は俺を睨んでいた。
相当暴れたらしく、髪は乱れ目は血走り、野犬の様によだれを垂れていた。
「オマエー! オマエー! どこまで私を苦しめるー!」
訳のわからない事を中年女は叫び、ジタバタしていた。
それを取り押さえていた警官が
「間違いない? 山にいたのはコイツだね?」
と聞いてきた。
俺は中年女の迫力に押され、声を出すことが出来ず、無言で頷いた。
警官はすぐに手錠をはめ
「貴様! 放火未遂現行犯だ!」
と言った。
手錠をはめられた後もずっと奇声を発し暴れていたが、警官が二人掛かりでパトカーに連行した。
そして一人だけ警官がこちらに戻って来て、
「事情を説明します」
と話し出した。

「自宅前をパトロールしてると玄関に人影が見えまして、あの女なんですけど、しゃがみ込んでライターで火を付けていたんですよ。玄関先に古新聞置いてますよね?」
「いえ、置いてないですけど・・・?」
「じゃあこれも【あの女】が用意したんですかねー?」
と指差した。
そこには新聞紙の束があった。
確かにうちがとっている新聞社の物では無かった。
警官が『ん?』と何かに気付き、新聞紙の束の中から何かを取り出した。
【木の板】それには《○○○焼死祈願》と俺のフルネームが彫られていた。
俺は全身に鳥肌が立った。
やはり俺の名前を調べ上げていたんだ。
もし警察がパトロールしていなかったら……と、少し気が遠くなった。
母は泣きだし、俺を抱き締めて頭を撫で回してきた。
警官はしばらく黙っていたが
「実は、あの女、少し精神的に病んでまして。○○町にすんでいるんですけど、結構苦情、まぁ同情の声というのもあるんですがねぇ……」
と中年女の事を語りだした。
「あの女、1年前に交通事故で主人と旦那を亡くしてまして。。それ以来、情緒不安定と精神分裂症というか。。まぁ近所との揉め事なども出てきだしましてね。。山で発見された【少女の写真】であの女の特定は出来ていたんですよ。二年前の交通事故……あの少女が道路に飛び出したのをハンドルをきって壁に衝突して主人と息子が無くなったんですよ。。。飛び出した少女は無傷で助かったんですが……以来、あの少女の家にも散々嫌がらせをしているんですよ。ただ事故が事故なだけに少女の家からは被害届けはでてないんですが。。。あの少女を相当怨んでいるんでしょうね。。。」
俺はその話を聞き、同情などは一切出来なかった。
むしろ【中年女】の執念深さがヒシヒシ と伝わってきた。
何よりも警官も認める『情緒不安定・精神分裂症』。
これでは、すぐに釈放になるのではないか?
その後、又、『中年女』の存在に怯え生きていかなければならないのか?
警官の話を聞き、『安堵感』よりも『絶望感』が心に広がった。

危険な好奇心(3)

801 本当にあった怖い名無し 2006/04/22(土) 03:48:18 ID:moTdWLP+O

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