牛と1ペンス

公衆衛生誌を読んでいたら天然痘ネタの論文がありました。
天然痘の予防接種、種痘が廃止されてから30年。
ノースリーブからのぞく腕にポッチの見られない方々が増えてきた今、武器として保持されている天然痘に対していかに準備をすべきかということが熱く語られています。
「細菌兵器はビンボ人の核」とはよくいったもので、現在天然痘ウィルスが我が国にばら撒かれたひにゃあ、若年層の七割が死亡するという試算がされています。
種痘といいますと思い浮かぶ名前は、エドワード・ジェンナー(Edward Jenner)。
歴史の教科書なんかで必ず出てくる名前ですネ。
「自分の子で実験して、天然痘の予防法である種痘を開発。貧しい人々に無料で種痘を行い、天然痘禍から英国を救う」
なーんてやつ。
美談として語られております。
「美談にゃ必ずウソがある」
はい、これは世の中の普遍の原理でございます。
「いい人」なんて言われているヤツは夜叉羅刹。
人にも劣る生き物だと思ってまず間違いはありません。(笑)
エドワード・ジェンナーは英国の片田舎のバークリーの生まれで牧師の3男。
5歳の時に両親が梅毒で亡くなったので<(をーいっ、牧師だろう(笑))兄を頼って育ててもらい、15歳の時に床屋に奉公に出て外科医になりました。
はい、当時外科医ってのは床屋の副業だったんですネ。
1770年、21歳のときに地主の未亡人に取り入ってパトロンにしたジェンナーは援助を受けてロンドンに出て、「コレラは風土病」と説いた名医(笑)のハンターに師事、3年後郷里で床屋を開業します。
18世紀の欧州において天然痘は最も恐ろしい病気でした。
18世紀の100年間に6000万人が天然痘で亡くなっています。
世界人口が数億人の時代ですからとんでもない数ですね。
天然痘は、高熱に続いて全身に化膿性の発疹ができるため、運良く治った人もとってもみっともないあばた面になりました。
自称米国初代大統領(爆)の、ジョージ・ワシントンも、サクラの木をぶった切ったタタリを受けて天然痘に罹病しました。
命根性があったために一命はとりとめましたが、めいっぱい顔には発疹痕が残っていたそうです。
ついでに、このときの高熱の影響によりジョージ・ワシントンには癲癇系の発作の持病があり、プッツン切れるとオノを振り回して暴れたそうです。
三つ子の魂百まで……
ロンドンから帰ったジェンナーはバークリーの田舎よりも、都会の方があばた持った人が多い。
つまり天然痘を発症した人が多いことを不思議に思っていました。
それと、天然痘は乳搾りや羊飼いにはあまり発症が無い事も知られていました。
これはこれらの職種の人が「牛痘」=羊蹄目水泡腫にかかったことがある人が多いって事から種痘の開発に至ったってーのは有名なお話です。
さて、ここからがちょっと違っております。
1796年5月14日、甥の家の使用人のサラ・ネルムズが牛痘にかかったと聞いたジェンナーは早速彼女の手の水疱からとった膿を、かねてから実験の為にと孤児院から買ってきていた当時8才のジェームズ・フィップスという少年の腕に接種しました。
少年は1週間後に微熱が出ましたが、すぐに下がりました。
ここからがいよいよ実験です。
約6週間後の7月1日。ジェンナーは天然痘患者の水疱からとった膿をジェームズ少年の腕に接種します。
ここでジェンナー先生の名誉の為に書きますが、当時の英国、いや欧州では身寄りのない子供を買ってきてこのような事に使うことについては何の疑問もありませんでした。
当のジェームズ少年もそうであったと思います。
「神様、孤独なボクを8歳まで生きさせて頂いてありがとうございます」てなものです。
さばいてスープの具にされないだけ死体が残るので幸せってやつですね。
ま、死体になっちゃえばどうせ食われるんですが(笑)。
当時身寄りの無い子供の運命なんてのはこの程度のものだったんです。
ちなみに「子供を殺すと犯罪」って事が公になったのは19世紀に入ってからの事です。
さて、ジェームズ少年。幸運な事に健康なままでした。
ジェンナーは、もう一度実験をしたいと考え、牛痘の患者が出るのを待ちました。
2年後に11ヶ月から7歳までの8人の子供達を買い求め、ついでにこんどは自分の息子のロバートも加えて実験し、概ね成功しました。
この「概ね成功」といいますのは、なぜか息子のロバートが「牛痘に感染しなかった」という理由で天然痘の接種実験を行わなかったためです。
怪しいですねー。うさんくさいですねー。
実験に成功したジェンナーは大喜び。
これで一儲けできると、牛痘接種による天然痘の予防法に関しての報告とその使用に対する権利の承認を求めて、論文を王立協会に送りました。
しかし、当時の感覚では人の病気と家畜の病気が関係しているという内容は教会の教えに反します。
それとジェンナーは人の医者です。
権利を認めてしまうと獣医との間に問題が生じてしまうって駆け引きもありました。
で「この論文はあなたの名誉を傷つけることになりまっせー」なーんて、もったいぶった理由をつけて却下されました。
しかし、彼はあきらめません。
牛痘の膿の入った小瓶を手に貧民窟に出向き、1人1ペンスの協力費を払って種痘をしまくること1日に300人。
切れてますにゃ・・・(笑)
でまぁ、数の論理で認めさせてしまったわけです。
ちなみに種痘による天然痘予防法が認められた後は、種痘1回につき1ポンドの手数料を取り、しっかりと損は埋め合わしたそうです。(爆)
ところでジェームズ少年ですが、その後ジェンナーの記述に出てくることはありません。
また、使用人として成人したというようなこともないようです。<(当時、使用人は登録されていましたから)
結局は食べられちゃったようですね。
1796年は、寛政8年。
江戸幕府将軍は徳川家斉。
我が国では自給自足体制が確立し、文化の華が咲き誇っている頃の大英帝国のお話でした。
[No.153]牛と1ペンス 投稿者:ちすもん 投稿日:2006/05/12(Fri)-21:09 より
■参考
エドワード・ジェンナー – Wikipedia
天然痘ワクチンの開発者 エドワード・ジェンナー?| 日本BD
エドワード・ジェンナー 緒方春朔 -わが国種痘の始祖-

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  • 名無しさん

    こいつこんな外道だったのか
    いや外道でもなんでも勝てば官軍美談に仕立て上げられるのか

  • 名無しさん

    キリスト教的には人肉食はありえないのでは?
    単に埋めてただけかもしれませんが、
    適当な話という気がしてなりません。

  • 名無しさん

    ジェームズタウンで食人の記録が出てきてるから、キリスト教だろうが奴隷ならそもそも人じゃない的な考えが普通にあったとしても不思議でもなんでもない。

  • 名無しさん

    キリスト教の聖餐式のパンと葡萄酒は人の子キリストの肉と血です。
    第一回十字軍がシリアのマアッラを陥落させて行った大人は鍋、子供は串焼きの大供宴は有名。

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