全然恐怖話じゃないけど、まあこんなこともあったということで。
一昨年の話。父が血の病気になり、入院しました。
わたしは広告の仕事をしており、自分のマンションにさえ毎日帰れないほどの忙しさで父の見舞にあまりいけず母親にばかり迷惑をかけていたのです。
あるとき母親から仕事先に連絡がありました。
「もう、今夜だから」と言われ愕然として仕事をほうって駆けつけました。
父はそのときもう、昏睡状態でした。
手を握り親父と呼びましたが返事をしてくれませんでした。
翌朝、父は逝きました。
皆が悲しみに暮れている中、自分だけはしっかりとしようと思い、わたしは親戚をとりまとめ、とりあえず通夜と葬式の段取りを始めました。
仕事ではプロデューサーなので、こういうことには慣れている。
通夜だからといってイベントみたいなもんだと虚勢を張っていたんでしょう。
叔父などに「お前、大丈夫か」といわれても「慣れてるんだよ」と生意気なことを言った。
とにかく涙だけは見せるものかと淡々と葬儀屋との段取りを進めたかった。
通夜には友人も前の恋人も来てくれて、それなりに嬉しかった。
だけど母親と姉は疲弊していたから俺が泣いたらだめだと思って泣かなかった。
通夜が終わり実家に帰り、お嫁に行った姉と一服しました。
わたしは疲れていたので、お風呂に入りました。
ゆっくりつかって、とりあえずまぁ半分終わったし明日は楽だよな、まぁいいかなんて思って、じっくり暖まり出たのです。
すると少し経ってお蕎麦屋さんがやってきました。
どうやら姉が頼んだらしいです。
お蕎麦屋さんが持ってきたのは、もりそば、たぬきうどん、鴨南蛮そばが二つ、の計4人前。
姉はわたしの前に鴨南蛮をおきました。
「なにこれ?」
俺は聞きました。
「お前それでしょ」
と姉が言う。
ん?確かに俺は鴨南蛮好きだけど、出前とるなら聞いてくれたっていいじゃないか。
「なんだよ、声かけて聞いてくれよ、ひとことぐらい」
「声かけたじゃない!あんたが言ったんだよ、鴨南蛮がいいって」
俺はそんなこと聞いていない。
些細なことで喧嘩になりました。
すると、母親が止めに入りました。
父は飲んべえで遊び人でどうしようもなかったんですが、入院してからは当然控えねばなりませんでした。
そんな父の唯一の楽しみは、時々先生の許可を貰って帰ってきたときに、近所のこの蕎麦屋に出前で頼む「鴨南蛮そば」を食べることだったらしいのです。
思い出しました。
親父は食い意地もはっていて、わたしが食べ盛りのガキの頃でも、わたしのおかずを奪ってつまみにするほどの大食漢だった。
きっと父は、今も俺の声を騙って姉に食べたいものを言ったんでしょう。
「鴨南蛮がいい」って。
姉は母に聞いて、父の為にも「鴨南蛮そば」をとった。
だから二つ重なったんだと。
姉は姉で、やっぱ男同士の親子、好みも似るもんね、と不思議とも思わなかったらしい。
なんだか、それを聞いて、おかしくてしょうがなかった。
親父相変わらずだな、おい。
母親が言いました。
「お父さん、それが食べたくて食べたくて、しょうがなかったんだよ」
俺はゲラゲラ笑って、じゃあ、親父の分まで食ってやる!と、猛然と食べました。
先生に内緒で食べる、油が浮いた鴨南蛮の、濃いつゆの味。
病床の父には、たまらないごちそうだったんだろう。
遊んで遊んで、母親泣かせてた親父が、病床ではしおらしくなって。
食べたくて、しょうがなかった。
生きたくてしょうがなかったんだ。
俺は、なぜか、嗚咽していました。
声をあげて泣いていた。
母親がいいました。
「それでいいんだ、お前が泣かなくて、どうする」と。
以上。無駄に長くてゴメンネ
118 名前: あなたのうしろに名無しさんが・・・ 2001/05/14(月) 20:06 より
泣いたわ
純粋に泣ける 切ないなあ