つかれてる

受験勉強もやって、かろうじて名門大学に滑り込みました。
人並みに頑張ったと思ってます。そして人並みに成果が出たかな。
会社勤めがはじまってからも、やっぱり頑張りました。
でも、ちょっと頑張りすぎちゃったのかもしれない。

営業入社だったんですよ。
どこの会社でもそうですよね、伸び悩んだが最後、他の課への転属が待ってる。
人当たりが良くて礼儀正しい、それだけで配置されたなんてド新人にはきつい職場でした。
同期に後二人入ったんですね。
彼らは半年もしないうちに最初の成績あげたんです。
数年に一度しか営業課には残れないっていわれるくらいだから、もうその時点で自分は脱落だと覚悟してました。
納得ができないほど挫折感を味わったのは、あれが最初でした。

でも、はじめたんです。
なんとかしなきゃって走り回って、やっとのことで親族の経営する会社に売り込みました。
数字でいえば他二人より桁が一つ上です。嬉しかったなあ。
「はやいとこお前の机は他所にいってもらおうな」
顔を合わせるたびにいわれていたこのお小言がなくなりました。
見放されかけていた先輩にばんっばん肩を叩かれながら
「よしっ、くどきにいくぞっ!」
って発破かけられる毎日がはじまりました。
一人いなくなり二人いなくなり。
数年ぶりに自分が営業課に正式採用がきまりました。

二年くらい働いて先輩の営業が一人転属になり、わたしは無理を続けながら段々頭がハゲてきました。
ある日ふと鏡の中の自分が変に見えたんです。
こびへつらうような薄ら笑いを浮かべてることに気付きました。
口の周りにも作り笑いをうかべていたせいか皺がよってます。
成績と引き換えに悪くなった人相を見て悲しくなりました。

それからだんだんと食事が喉を通らなくなってきました。
自分のやっていることは正しいことなんだろうか。
クレームがつくたびに怖くなっていって。
成績が落ちてきて上司にも随分迷惑をかけました。
入社したての頃は厳しかったですが期待に応え続けてきた信頼からか
「調子崩してるときはぱーっと遊べ。おまえのこれまでの売り上げなら二ヶ月でも三ヶ月でもいい。でもそのあとはしっかり仕事しろ」
ありがたいお言葉をいただけました。
でも出かける気にもならなかったので、ずっと家にいました。

その女性に出会ったのは心配した先輩が家に訪ねてきたときでした。
直前まで飲んでいた先輩が友達のホステスを連れてきてくれたんです。
「酌でもしてもらったら気がまぎれるんじゃないか」
大学時代の同級生を前にわたしは呆然としました。
あちらも気付いたようで、気まずそうにしてました。
「こいつが俺の言ってた我が社のホープだよ。今のうちにご機嫌うかがっといたらきっと将来大金おとすぞ」
そんな囃し言葉にのせられながら、久しぶりに酒を飲みました。
先輩が先に潰れてしまった後は、杯を空けては注いでもらいました。
二人とも無言でした。
でも帰り際に言われたんです。
「つかれてる」
交わしたのはこの一言でした。

休みが終わり、また働けるようになっていました。
スランプ中に二社失いましたが三社開拓してほぼ同額の契約をとりつけました。
カムバックパーティを開いてもらえて。
新人にも尊敬してるっていわれてすごく嬉しかった。

でもそのとき、ふと会場のカーテンの裏に黒いものが見えたんです。
見間違えかなと思っているとふっと消えて、突然目の前に大きな目玉が二つあらわれたんです。
「ぎゃっ」
って叫んでわたしはその場に倒れました。
そしてみんなに助けを求めようとしたんです。
でもね、みんな怪訝そうにしてるんですよ。
私を見て首をかしげる人もいたかもしれない。
見えたのは自分だけなんだ、そう強く確信したことだけは確かです。
「こ、腰が突然いたくなって。前にも筋膜炎やったことがあるから」
こんなふうにその場はごまかしたかとおもいます。

でも、この幻覚は段々とひどくなっていきました。
他社製品とのディファレンスのアピール中。
信頼できる人間を演ずるべく堂々と構えてなくてはいけない時。
そう言うときにかぎって視界のすみに黒いものが写り目の前に血管の浮いた眼球が突然現れるんです。
事前に黒いものが見えたときに奥歯をかみ締めて必死にこらえるんですけど。
挙動不審にみられることもありました。
それがもとで契約できなかったっていうことはありませんでしたが。
集中力自体を欠くようになると、段々と成績が落ちてきました。

ある日思い出したんです。
「つかれてる」って言葉。
ひょっとしたらこれはメンタル的なものではないのではないか。
そう思うようになってきました。

彼女の勤め先には私は行ったことがなかったので先輩に頼んで聞いてみました。
そのクラブは新宿にありました。
たまにみんなで歌いに行くパセラってカラオケ店の近くでした。
下り坂の途中で曲がる感じの道順です。
住宅街だか歓楽街だか、よくわからないような変な町並みになっていき、やがて目当てのクラブがあったんです。

営業時間外だっただけでなく突然名指しでの訪問です。
店のちょっと怖そうな人が出てきて追い返されてしまいました。
仕事の合間を縫って連日行く間に救いはその人の向こうにあるのがとても悔しかった。
最後にはその強面に殴れれた瞬間に、ありのままをぶちまけてしまいましたよ。
そうしたら強面の方がね。
「あんたひょっとしてソッチに用事があったのか」
っていうんですよ。
そっちってどっちって感じですが。
とにかくまあ引き起こしてもらいました。
「悪いな。雰囲気がなんか異様でさあ」
なんていわれながら店の中へと案内されました。

テーブルの縁に椅子がかけられている、まだ開店してもいない店内でした。
強面さんがジュリちゃーんと大声を張り上げて。
それから少し待たされました。
やがて、彼女がきました。
「つかれてるって、言ったよね。その意味を教えてほしいんだ」
「後ろに、立ってる」
強面が一番ビビってました。
私はもう覚悟できてましたから驚きませんでした。

「わたしは何も悪いことしてない」
主張するところは主張しましたよ。
「相手はそう思ってないの。かなり恨んでるように見える」
なんでの連呼ですよ。そのうち口に出てきました。
なんで、なんで、なんでっ!
「なんでだっ!」
叫んで後ろを振り返っても誰もいません。
すごく大変な職場なんです。
足を引っ張られていてはやってけないんですよ。
真面目にやってきたのに。
なんで逆恨みかなんか知らないもので邪魔されなくちゃいけないんです?

「人間、生きていれば人を蹴落とすのよ。私もここでナンバースリーの娘を蹴落としてる」
壁の天井際に並んだ写真の中で三人だけポスターサイズになってました。
そのうちの一つが彼女でした。
そのときふっと気付いたんです。
わたしが課に入ったあと、やめていった先輩のことを。
「名前とか、聞きだせる?」
「無理、口の利けるような状態じゃない」
「状態じゃないって、どういう意味」
「死ぬ直前に一番思っていたことが死後の主な感情になるの。発狂と憎悪、今もわめき散らしてる」

膝が震えました。
じょじょって股間が緩みました。
強面が慌ててタオルをもってきて。
惨めなことに小さい頃に卒業したおもらしまで。
「どうすればいい」
「相手の未練の対象からいなくなったら、よくなるかもしれない」
アドバイスにしたがって、会社を去りました。

会社を去る前に調べました。
他の課に転属させられた先輩をDさんと言います。
この方は本社の総務部に送られたらしいんですが、張り合いが無い仕事に嫌気がさしたといって辞表を提出したそうです。
上司にかけあって彼のご家族にどうしても挨拶したいと言って、売り上げの割りには安い退職金の上積みだという名目で教えてもらいました。

都内の高層マンションが彼の住所でした。
そこにたずねていくと表札に名前がありません。
しばらく探していると怪しく思ったのか警備員がでてきました。
そこでDさんのお宅をたずねてきた元の会社の同僚だと告げました。
名前まで告げたところで相手の顔つきががらりと変わりました。
まるで憎んでいるような顔つきになったんです。
「個人情報を教えるわけにはいかない。おまえみたいな屑なら尚更だ!帰れ!」
いきなりの剣幕に吃驚してその場は立ち去りました。

次の職場は向こうからやってきてたので時間だけはありました。
頻繁に他社とやりあっていて仕事を奪ったりしていたからですかね。
元々ヘッドハントの候補になってたそうです。
一年はブランクをおかないと、元の会社と揉めるからと言われ翌年の四月から勤務する内定をもらいバイトをしながら調査に明け暮れました。
自宅ですらアノ目玉や、たまには透き通った人影が見えるようになりました。

マンションの近くにいき、せめて住んでる方から話を聞こうと思っていると、ある日、小さな男の子がボールを追っかけて車道に出ようとしたので、それをおさえつけたんですね。
ボールが割れて泣き出したその子に高い高いをしてやったら、すぐに泣き止みました。
そのお母様がかけつけていらして感謝の言葉を連呼されたんです。
そのまま別れようとしたところで、その親子がマンションに入っていこうとするのを見て声をかけました。
調査開始から二ヶ月後のことです。

マンションのロビーで話させていただくことができました。
警備員がすっとんできたんですが子供を助けてくれた方ですとお母様がおっしゃってくれたので、つまみ出されずにすみました。
お子さんは高い高いが気に入ったようで、おねだりするんですよ。
だからわたしは高い高いをしながら自己紹介をしました。
すると少し驚いたような顔をして。
「聞いていた方と随分印象がちがう」
こう言われたのです。

警備員も私とお子さんのやりとりを見て少し当惑してるようでした。
「どういうふうに聞いていたんですか?」
聞かされたのはおぞましい話でした。
どうもDさんは会社をやめて後、仕事が見つからなくて困っていたようです。
ことあるごとに自分はハメられたんだとか、あいつが俺の仕事奪わなければとか、こういうことを言っていたらしいんです。
警備員さんからも教えてもらえました。
たとえばサインをするだけの状態の見積書を奪って相手からサインをとってきただけで手柄にするような人だったと聞いていたそうです。
もちろんそんなことしてませんよ。
大体、サインするまでに交渉をまとめてきた人を会社がないがしろにするわけないでしょう?
「ほんとっぽく聞こえたのよね」
「わたしもそうおもいました」
二人とも信用してしまっていたようです。

この誤解が解けてから一月ほどでご家族の住所がわかりました。
このお母様がDさんの奥様と仲がよく、しばらく尋ねているうちに教えてくださったんです。
Dさんはお亡くなりになっていました。
奥様はDさんの虚言癖に気付いていたらしく私を恨んではおらずアパートの中にいれてくれました。

墓前に手をあわせてから退くとDさんの残した手帳をみせてくれました。
そこには、やったおぼえのない悪行が書き連ねられていました。
Dさんが転属させられたたのは2001年の春なのですが書きはじめられていたのは2001年の夏からなんです。
一緒にいるはずもないのに、なぜかわたしに仕事が奪われていくんですよ。

発狂っていう意味がわかりました。
そこで奥さんに今わたしが置かれている状況を話しました。
幻覚じゃなさそうな祟りにあっていると。
そうしたら奥さん泣き出してしまわれてね。
「プライドの高いところがかっこいいと思ったのに。みじめなところみせないでよ」
わたしも、もう一度Dさんの墓前に向かい合って
「先輩の仕事のやりかたを勉強させてもらったから仕事ができる人間になれたんじゃないですか」

以降、祟りはおこっていません。
クラブに一度顔をだしたら彼女は笑ってくれました。
たぶんもう「憑かれ」ては、いないんでしょう。
新しい会社に移ってからは努力を適度にするようにしました。
自分なりに反省したんです。
しゃにむにになってやっていたことが悪く思われるようなこともあるんだとね。
無理矢理蹴落とされたと感じさせることもあるんだと。

そうしたら営業からは外されましたが偶然ですかね、総務課に回されました。
肩肘をはらずに仕事をしていますが、毎日が充実しています。

833 本当にあった怖い名無し 2010/06/08(火) 19:03:23 ID:m+mNMB9G0

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